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翼の王国 2019.5月号

 

ボゼが出そうだね。
3年前の春、友達の間で話題になったシャルル・フレジェの写真集『YOKAI NO SHIMA 』。日本各地の祭りに出現する仮面や装束をおさめた写真集で、私の地元鹿児島の祭りが多いことに驚きながら、とある写真に釘付けになった。クレジットを見ると「ボゼ 鹿児島県、悪石島」。ボゼとは、悪石島でお盆(旧暦7月16日)に出現する来訪神とのこと。仮面の色彩、全身を葉で覆った風貌に驚いた。これは夏休みの作文に悩んでいる小学1年の息子を誘って行くしかない!
夏休み、息子と共に鹿児島港を出発した。船内はボゼ祭り目当ての客で溢れかえっていた。いくつか島を停泊しながら夜行便のフェリーは進んでいく。鹿児島港を出港して10時間、悪石島に到着した。
島唯一のお祭りのため、ふだん島外に出ている島出身の人々や観光客で港は大賑わい。暑さで途方に暮れていると、フェリーで知り合った島出身の女性が親切に案内してくれた。「祭りまで時間があるから来なさい」とお言葉に甘えて女性の実家へ伺い、昼食やお酒をいただく。息子も最初は緊張していたけれど島の人々が親切にしてくれるので安心して涼しい室内で昼寝していた。祭りが始まるというので公民館へ向かう。
ある瞬間、どこからか太鼓の音が鳴り響いた。縦縞模様の大きな仮面をかぶり、枇榔葉を全身に纏った三体のボゼたちがこちらに向かって走ってくる! ふと息子を見るとその気配を感じ、脇目も振らず一目散に何処かに行ってしまった。
ボゼは、女子供を追い回す。子供達はその異様な姿に悲鳴をあげて逃げ惑い、泣き出し、騒然となる。手に持った棒の先端についた赤泥を人々に擦りつける。こうすることで悪霊祓いのご利益、女性は子宝に恵まれるという。あっという間のことで呆然としていたが、ボゼが去った後、不思議な開放感に包まれる。島民、観光客の区別なく、笑いながらどこに泥を付けられたのかを見せ合う一体感があふれる。
島の人から「息子さん、すごい形相でどこかに走っていったよ!」と聞いたその時、息子が「怖かった〜」と照れながら帰ってくる。恐怖のあまり隠れていたようだ。祭りも終わり、キャンプ場へ向かう途中、枇榔木の林を見ながら「ボゼが出そうだね。」と手を繋いでくる。まだまだ子供でいてほしいけど、これからできるだけ鹿児島の島々を息子と旅しようと思った。
息子が大きくなって忙しい生活の中で行き詰まったり、家族が出来た際に、ふと枇榔の葉音や一緒に行った島のことを思い出してくれれば嬉しいなぁ。

illustration:Karina

ANAグループ機内誌『翼の王国』

翼の王国 2019年5月号